研究概要 |
スピントロニクスで利用される非平衡スピン偏極電子の高周波数輸送特性はほとんど調べられていない.そこで本研究では円偏光パルス励起によって生じさせた半導体中のスピン偏極電子のテラヘルツ波応答を測定し,スピン偏極電子の密度及び散乱確率を明らかにする.さらに,スピン偏極がない場合の値と比較し,スピン偏極することによって電子に対する散乱機構にどのような変化が生じるかを明確にする.さらに外部磁場を印加した状態ではスピン偏極電子は磁場の周りに歳差運動すると予想されるが,これによりテラヘルツ波領域で共鳴吸収を生じる可能性があり,観測を試みる.これら測定を通じてスピン偏極電子のテラヘルツ波応答の概要を把握するのが目的である. 初年度にあたる本年度は以下の項目を実施した. 1.高磁場印加システムの作製 平成18年度以降に用いる強磁場印加測定のため,最大10テスラ,室温ボア径100mmの無冷媒超伝導マグネットに試料冷凍機を組み合わせたテラヘルツ時間領域分光システムを建設した.冷凍機の機械的な振動のために当初は測定データに大きなノイズが発生していた.そこで振動の変位が常に一定値に達した時点でデータを取得する計測方法を新規に開発した.この結果,振動の影響を回避することができた.本計測方法は他の光学測定にも広く適用できると考えられたため,特許出願をした. 本装置の動作を確認するために各種半導体のテラヘルツ帯の磁気光学効果を測定した.測定で得られた結果は従来の報告と一致し開発したシステムが正常に動作することを示している.さらに本システムでは印加磁場と試料温度を連続的に可変であるため,従来の手法では得られなかった知見も得られた.例として,磁気光学応答は高磁場では単純なドルーデモデルで説明できるが,低磁場ではより精密なボルツマン輸送理論が必要であることを明らかにした. 2.バルク半導体中のスピン偏極電子のテラヘルツ波応答 半導体中の光励起スピン偏極電子のテラヘルツ波応答(輸送特性)を測定するためのシステムを開発した.スピン偏極電子の励起にはフェムト秒光パルスを用いた.核スピンの影響を取り除くため,照射する円偏光パルスの電場の回転方向は光弾性変調器で高速変調した.得られた信号はスピン偏極電子の応答以外に,励起光パルスの吸収の程度が偏光方向によってわずかに異なることによって生じる成分が含まれている可能性があることが判明した。
|