研究概要 |
スピントロニクスで利用される非平衡スピン偏極電子の高周波数輸送特性はほとんど調べられていない.そこで本研究では円偏光パルス励起によって生じさせた半導体中のスピン偏極電子のテラヘルツ波応答を測定し,スピン偏極電子の密度及び散乱確率を明らかにする.さらに,スピン偏極がない場合の値と比較し,スピン偏極することによって電子に対する散乱機構にどのような変化が生じるかを明確にする.さらに外部磁場を印加した状態ではスピン偏極電子は磁場の周りに歳差運動すると予想されるが,これによりテラヘルツ波領域で共鳴吸収を生じる可能性があり,観測を試みる.これら測定を通じてスピン偏極電子のテラヘルツ波応答の概要を把握するのが目的である. 2年度目にあたる本年度は以下の項目を実施した. 1.バルク半導体中のスピン偏極電子のテラヘルツ波応答 無磁場下でGaAsに円偏光励起によって生成したスピン偏極電子のテラヘルツ波応答を測定した.左右円偏光を切り替えることによってスピンの偏極は励起光進行方向及びそれと180度反転した方向に切り替わる.テラヘルツ波応答は両者の間で差異は観測されなかった.つまり無磁場では励起光キャリアの応答はスピンの配向に依存しないことがわかった.スピンが揃った光励起キャリアによって磁化が生じてテラヘルツ波のファラデー効果が観測されると予想されたが,励起光キャリア密度が十分でなかったためと考えられる. 2.反強磁性体からのテラヘルツ放射 電子スピンが整列している半導体として反強磁性体がある.反強磁性体中では電子スピンが互いに逆向きに配列している.反強磁性体に高強度光パルスを照射するとテラヘルツ波パルスが放射された.これは世界で最初の観測である.励起レーザー強度依存性及び励起レーザー偏光依存性から磁気双極子遷移が関与した2次の非線形光学効果によるものと考えられる.また光ポンプ-テラヘルツプローブ測定により試料の屈折率がサブピコ秒程度で高速に変調されることも確認した.これは電子スピンの配列が光ポンプによって擾乱を受けたためと考えられる.これらの事実は電子スピンの応答はあまり高速でないと考えられていたが,マクロな磁化のない反強磁性体ではサブピコ秒程度の高速な応答を示すことを意味している.
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