近年、種々の悪性腫瘍において単一の癌遺伝子を標的にするのみで、分化誘導あるいはアポトーシス誘導による腫瘍の縮小や治癒が観察され、癌遺伝子への依存が癌のアキレス腱となることが示されている。本研究では口腔癌の増殖、浸潤、転移において重要な役割を担っている癌遺伝子を同定し、その癌遺伝子を標的とした治療ツールの開発を試みた。まず、ヒト全遺伝子対応型マイクロアレイ解析より、正常口腔粘膜組織(3例)および不死化ヒト角化上皮細胞(1株)において全く発現が認められず、口腔癌組織(10例)と培養ヒト頭頸部扁平上皮癌細胞(10株)においてのみ共通して発現が認められる遺伝子を2種類同定した。一つは既知の癌遺伝子であるAkt1で、もう一つはRNA編集に関与する遺伝子ADAT1であった。つづいて、口腔癌組織63症例を用いてAkt1の発現を免疫組織化学染色にて評価したところ、94%の症例においてその発現が確認された。次に、オフターゲット効果を回避し、超低濃度で十分なRNA干渉(RNAi)効果を有する8種類のAkt1に対する合成small interfering RNA(siRNA)を同定した。同siRNAは1nMの濃度で80%以上のRNAi効果と口腔癌細胞に対する増殖抑制効果を示した。さらに、口腔癌細胞をヌードマウス背部皮下に移植し、腫瘍形成を確認したのちにAkt1に対する合成siRNAをアテロコラーゲンと共に腫瘍周囲あるいは静脈内に投与したところ、腫瘍の増殖を顕著に抑制した。また、siRNA投与されたマウスの主要臓器におけるインターフェロン応答を検討したところ、3種類のインターフェロン応答遺伝子全ての発現量に変動は認められなかった。Akt1に対する合成siRNAはin vitroおよびin vivoにおいて口腔癌細胞に対して明らかな抗腫瘍効果を示し、生体に対してもその毒性が極めて低いことから、臨床応用への可能性が示唆された。
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