従来、中枢神経系を構成する神経細胞は、胎生期および幼弱期にのみ発生するものと考えられてきた。ところがマウスなどの齧歯類成体脳においては、側脳室の側壁に面した脳室下層と、海馬の歯状回において新しい神経細胞が生まれることが明らかになった。近年、ヒトを含む霊長類の脳においても同様に新しい神経細胞が生まれていることが報告されているが、そのしくみと意義については充分な研究が行われていない。そこで本研究では、霊長類の脳室下層の構造を詳しく解析し、齧歯類のものと比較した。さらに霊長類成体脳において新しく生まれる神経細胞の移動経路とその運命を明らかにするため、新生細胞を標識して観察した。 マーモセット成体脳室下層の構造を詳細に解析することを目的として脳の切片を作成し(本研究費で購入した振動刃ミクロトームを使用)、細胞種特異的なマーカーによる染色を行った。その結果、GFAP陽性のアストロサイト、MASH1陽性の一過性増殖細胞、PSA-NCAM陽性のニューロブラストなど、マウスの脳室下層に存在が報告された細胞と同様の細胞群が観察された。さらに、電子顕微鏡による観察を行い、脳室下層を構成する細胞の種類と割合を明らかにした。微細形態学的にもマウス脳室下層に存在する上衣細胞(タイプE細胞)、アストロサイト(タイプB細胞)、一過性っ増殖細胞(タイプC細胞)、およびニューロブラスト(タイプA細胞)に類似した細胞が観察された。次に、BrdUを腹腔内投与して一ヶ月後に固定し、抗BrdU抗体と、各種細胞特異的マーカーの二重染色を行い、新生ニューロンの場所と運命を特定した。増殖細胞の大部分はMash1陽性であり、一ヶ月後にその一部が嗅球内でニューロブラストに分化することが明らかになった。新生仔マーモセットを用いて同様の解析を行ったところ、成体よりも多くの増殖細胞が観察された。
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