認知・短期記憶・統合等、脳によって処理される高次機能は大脳皮質によって担われていると考えられる。大脳皮質にはカラム・6層構造等の明確な構造を見出す事が出来るが、皮質にはより詳細な規模の構造が存在するとの指摘が近年なされ始めていた。この局所回路構造は、皮質情報処理の基本ユニットとなっている可能性が高いため、その構造の解明は急務であった。回路構造の同定には極めて多数の神経細胞間の結合を調査する必要があり、現在の解剖学、生理学的手法では限界がある。そこで本研究では、実験結果と数理的な解析を統合する事で、大脳皮質局所回路構造の青写真を得ることを試みた。本研究では、大脳皮質スライスによる生理実験で観測された自発発火活動の伝播過程に着目した。ある種の活動伝播過程は、活動のサイズと持続時間の分布が、ほぼ正確にべき乗法則に従うと言う著しい特徴を持つ。この伝播は数時間以上の時間間隔を経てもほぼ正確に再現されるため、局所回路構造を忠実に反映していると考えられた。発火伝播のべき乗法則の起源は臨界分枝過程と呼ばれる確率過程にあるとの提案がこれまでなされて来ていたが、我々は今年度の研究で、分枝過程が神経細胞集団には適用できないことを示した。代わって我々は、同期的な細胞集団の発火を安定して伝播させる連鎖的な回路構造を提案し、この連鎖構造が多数、多様な規模で存在し、それらが互いに絡み合う事で皮質局所回路を構成していれば、べき乗法則に従う発火伝播が可能である事を理論的に示した。この回路構造と伝播メカニズムによって抑制性結合の役割等の実験結果も説明でき、局所回路を構成する神経細胞の比較的少数について最近報告された生理学的実験結果とも整合した。本年度最後期には連鎖構造からなる回路の情報処理能力についても研究も進め、伝播連鎖中の発火規模の揺らぎと情報処理能力との関連について予備的な結果を得た。
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