本研究では、研究代表者が最近同定した、アミロイド前駆体蛋白質(APP)と遺伝学的に相互作用をするショウジョウバエ新規遺伝子(仮称:517遺伝子)の解析を通じて、発生および神経機能の維持に関わる新しい分子カスケードを明らかにすることを目指した。517遺伝子の変異体は、複眼および翅などに形態異常の表現型を示すと共に、羽化後早期に死亡する。早期死亡の表現型は、APP遺伝子(App1遺伝子)との二重変異において、App1遺伝子のdose依存性に増悪したことから、この二つの遺伝子間には遺伝学的相互作用があるということが示唆された。517変異体の翅の表現型は、翅の先端部が欠けるというものであり、Notchシグナルが異常になったときの表現型に類似していたため、APPとNotchを切断するプロテアーゼであり、Notch蛋白質がシグナルを伝えるのに必要である、ガンマセクレターゼの活性が低下しているのかどうかを、遺伝学的手法によって調べた。ガンマセクレターゼがアクティブになると、発生途上の複眼の細胞に細胞死を引き起こし、その結果として複眼がrough eyeと呼ばれる形態異常の表現型を示すような遺伝学的レポーター系統を用いて調べたところ、517変異体においては複眼形態異常がかなりマイルドになったことから、ガンマセクレターゼの活性が低下しているのではないかという可能性が示唆された。HAタグとの融合蛋白質として外来性に発現させた517遺伝子産物は、蛹期の脳において、小胞体の辺縁部にドット状に局在するため、517変異体において、ガンマセクレターゼの構成要素であるプレセニリンなどの小胞体からのトラフィッキングが異常になっているのではないかと仮説を立て、現在この仮説を検証するための実験を進めているところである。
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