リズミカルに繰り返される発声運動が、セロトニン神経を活性化して中枢のセロトニンレベルを増大させ、脳及び脊髄神経系の活動を適度に調節し、心理面では不安が少なく活気のある状態を形成する、との仮説をヒトを対象に検討した。この仮説は、ゆっくりとリズミカルに繰り返される呼吸運動の出現が特徴的な、私の先行研究である、座禅の呼吸法の研究に基づいている。そのため発声運動としては、座禅の呼吸法と類似した呼吸パターンが出現する、読経を採用した。被験者は僧侶であり、経典を約30分音読させた。読経前、読経中、読経後に、脳波記録、近赤外分光法(Near-infrared spectroscopy;NIRS)による前頭前野の局所脳血流測定を行った。また、読経前後に心理テスト(POMS)を実施して気分の変化を調べ、さらに、採尿と採血を行って尿中と血中のセロトニンレベルを定量した。その結果、読経中の発声に伴って、腹筋の筋電図がゆっくりと漸増した。この腹筋筋電図の出現パターンは、座禅やヨガの呼吸法において出現する腹筋筋電図のパターンと同様であった。脳波に関してはhigh-frequency α波帯域(HF-alpha:10〜13Hz)のパワーが読経の最中に増大した。NIRSによって測定された前頭前野の酸素化ヘモグロビンレベルは読経中に増大した。また、POMSによって読経前と比べて読経後に活気が増大することが明らかとなった。尿と血液中セロトニンレベルは読経前と比べて、読経後に増加していた。さらに、酸素化ヘモグロビンレベルの経時変化における変曲点(増加の起点)とHF-alphaパワーの経時変化における変曲点はほぼ一致した。以上のことから我々は読経により前頭前野が活性化され、その活性化は、セロトニン神経の活性化を促し、セロトニン神経の活性化が脳波や心理状態の変化に影響したものと考えた。
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