放射線宿酔に随伴する自律神経諸症状の発症機構を明らかにするため、申請者は体温・心拍数・行動量を継続的に記録できるテレメトリーシステムをラットに留置する手術を行った後、放射線宿酔を惹起させるX線4Gyを全身照射し、その後の体温・心拍数・行動量の変化を測定した。その結果、照射直後に体温、心拍数は増加したが、その後体温低下と行動量減少が観察された。放射線宿酔治療薬である5-HT_3受容体遮断薬のグラニセトロンは体温、心拍数、行動量のいずれの変化にも影響を及ぼさなかったが、抗炎症剤のデキサメタゾンは照射直後の体温上昇と、その後の体温低下・行動量減少を抑制することができた。これらの結果から、放射線による自律神経諸症状の発症には炎症反応の関与が考えられた。 この結果をふまえ、次に申請者は生体内炎症反応に関与するプロスタグランディン(PG)合成酵素のシクロオキシゲナーゼ(COX)と宿酔発症の関係について検討を行った。生体内に存在する2種類のCOXアイソザイムのうち炎症反応によって誘導される COX-2 とそれによって産生されるPGE_2は局所での炎症反応の他に発熱、食欲不振、疲労感などの生理的・精神的な変化を誘発することが報告されている。申請者は選択的COX-2阻害剤のNs-398をラットに前処置し、その後X線4Gyを全身照射した後に現れる食欲不振について検討を行った。その結果、放射線照射後の摂餌量低下をNS-398が抑制できることを見出し、放射線宿酔の発症に炎症反応が強く関与していることを明らかにした。 本研究によって得られた成果は、放射線宿酔が全身性炎症疾患とどのように関わっているかを明らかにし、臨床で行われてきた予防・治療法に科学的根拠を与えるとともに、新たな治療法を探る端緒を与えることで、放射線によるがん治療に随伴する副作用に苦しむ患者さんに貢献するものと確信している。
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