本研究の目的は、地方分権が進行しつつあるインドネシア・マカッサル海峡地域の島嶼部集落における生活世界の変容を明らかにすることである。物理的な空間としての集落や行政単位を超えて可視化される現実の地域社会における地方分権の進行を、海域社会の漁撈活動や交易に関わる人びとの日常生活における営みや社会経済的ネットワークを手がかりとして分析・整理することを目的とする。平成17年度は、このような目的に接近するために、マカッサル市ウジュンタナ郡に管轄される島嶼部地域における地方分権の浸透状況について、全7島に対する広域調査をおこなった。合計2ヶ月余りに及ぶ調査では、インドネシア語では「Tokoh Masyarakyat」と呼ばれる地域社会のリーダー的存在にある人々に関する聞き取り調査と、学校教育における地方分権の影響を調査するために公立小・中学校の教員との対話をおこなった。この結果、ひじょうに興味深い事実として、離島環境にある地域社会における政治社会的リーダーの世代交代がおこなわれつつある現況が理解された。南スラウェシ州の離島環境では全般的な傾向として、スハルト元大統領時代の政治的に不透明かつ地域社会の住民が政治に対して参加しにくい状況が、いまだ支配的な価値観として根強く残されている。それが、旧体制から奉職するある公務員一族の公金汚職が地元の一漁民によって告発される過程において、都会で大学教育を受け、離島にUターンして、NPOやNGOの活動をとおして地域社会の社会的発展に貢献する若い人々と、世代交代がおこなわれることとなった。この過程では、20〜30代の若手教員たちも積極的に関与し、政治の透明化を目指し、離島と地方政治の中央をつなぐ役割を自発的にはたすようになっていることがわかった。この展開が、ある事件をきっかけとする一時的な「盛り上がり」なのかどうか、まだ持続的かつ丁寧に観察必要があるとはいえ、確かに地方分権の影響のひとつといえるように思われる。さらには、離島社会のより日常的な生活世界のレベルにおいて、どのような影響がみられるのか、来年度以降の調査でもおおいに継続的に明らかにする価値があると考える。
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