研究概要 |
本研究の目的は、地方分権が進行しつつあるインドネシア・マカッサル海峡島嶼部における生活世界の変容を明らかにすることである。物理的な空間としての集落や行政単位を超えて可視化される現実の地域社会における地方分権の進行を、海域社会の漁撈活動や交易に関わる人びとの日常生活における営みやネットワークを手がかりとして、分析・整理することを試みるものである。平成18年度は、南スラウェシ州マカッサル市ウジュン・タナ郡島嶼部地域における新郡設立をめぐる社会的動態ならびに住民参加の政治的様態に焦点を絞り、聞き取りを中心とする調査をおこなった。前年度までの調査において明らかになったことは、島嶼部地域出身者で、大学教育などの高等教育を受けた若い世代が地元にUターンし、住民の立場から地方分権の推進に積極的に関わる動向を見せていたことであった。とりわけ、この地域の主要な経済活動である漁撈活動による利益が、地元の教育・福利厚生環境の改善に還元されるべきであることを、住民たちに啓蒙する一方、海洋水産省からの小規模漁民に対する経済活動資金を融資する窓口となり、地元の活性化に貢献していた。このような状況がもたらした具体的な変化としては、バランチャディ行政村の村長選出に見て取ることができた。人口1,000人未満の計5つの島からなる同村は、他の行政村と同様、その村長がつねに地元以外の出身者から選出される事態が継続していた。電気や水道、電話が十分に普及しておらず、出身者以外にとっては厳しい生活環境は、首長として任命された公務員や公立学校の教員の低い定着率の主因であった。この地域における他の行政村に比して、漁撈活動や交易による収入が低く、広い地域に点在する複数の離島から構成されているにもかかわらず、ごく普通の漁撈従事者が村長に選出された意味は大きかった。この出来事は、島嶼部地域を巡回しながら小規模融資を担当する若者らによって伝えられた。人口規模が大きい島では、さまざまな社会関係がある。住民の政治への関心・参加の低さは容易には変化しないものと思われたが、確実にその兆しがあることが見て取れたといえる。
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