今年度は、歴史的な事象の原因を哲学的推論によって導出するフィロゾーフ達の「合理的歴史」が『百科全書』の個々の項目で果たす役割の具体的な検討に着手した。『百科全書』の項目の分析および、英仏の図書館への出張による文献調査を通じて次のことが分かった。『百科全書』が目指した「学問と技芸の全体的・合理的歴史」において、臆見や偏見を含む誤謬の歴史は、本来の記述対象である真理としての知識の歴史に劣らぬ重要な位置を占めている。中でも、しばしば事実の確実性より神学や聖書の記述との整合性が重んじられた哲学や歴史は、ヴォルテールら百科全書派にとって、無知や迷信から生まれる「誤謬の歴史」の宝庫となった。 ディドロの執筆による哲学史の項目群は、歴史における「誤謬の歴史」の好例である。これらの項目でディドロは、自国の起源を古く見せたがる虚栄心を古代の国民が歴史的誤謬に陥った原因とする一方、彼ら古代国民が発明したとされる学芸の起源の正統性を風土や国民性などの原因によって哲学的に論証している。 ディドロがブルッカーらから受け継ぎ、古代人の歴史的誤謬の批判に用いた哲学的推論は、同時代の哲学者コンディヤックが古代史におけるその役割を高く評価した因果論的推論に酷似している。歴史事実の原因を「個別的原因」と「普遍的原因」に分類するコンディヤックと同様、ディドロも学芸の起源や古代人の歴史的誤謬を、各国の気候や風土などの「個別的原因」と、「虚栄心」や「驚き」といった「普遍的原因」の双方によって説明している。この類似は、人間本性を原理とする哲学的推論を歴史事象に適用することで歴史を脱神学化しようとする、百科全書派に共通する歴史イデオロギーの表れと言える。来年度は、古代哲学史にその一端が見られる歴史批判としての誤謬の歴史を『百科全書』の学芸の合理的歴史に不可欠な重要分野として一層本格的に検討する予定である。
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