本年度は、16世紀前半のイングランドで編纂された手稿譜集の調査を行った上で、16世紀全体の手稿譜集と印刷譜集の比較考察を行った。 (1)16世紀前半に成立したとみられる現存の手稿譜集17点について、手稿譜集の内容(音楽ジャンルや作曲家名など)について検証した。 (2)上記17点のうち、現物を調査することのできた14点について、楽譜集の形態(大きさ、フォリオ数、手書き/印刷譜集、装丁状態など)、写譜の状態(写譜者の人数、写譜の順序、写譜技術の甲乙、装飾性、修正状況など)を検証した。 (3)昨年度調査した16世紀後半の手稿譜集との比較考察を行った。その結果、16世紀前半から後半にかけて、写譜が煩雑で装飾のない簡素な作りの手稿譜集が急増していることが明らかとなった。これらの手稿譜集は、全体に統一性がなく、成立までに長時間を要したとみられることから、献呈用ではなく演奏用など自らのために楽譜を書きためた結果成立した楽譜集と考えられた。 (4)手稿譜集の特徴を印刷譜集のそれと比較考察した。その結果、手稿譜、印刷譜という2つのメディアにおいて、作曲家の位置づけが大きく変化していることが明らかとなった。 (5)さらに、2つのメディアの位置づけを、楽譜受容の場、とりわけ宗教改革の旧教徒(カトリック教徒)の活動において考察した。その結果、カトリック教徒は楽譜というメディアを信仰生活の維持やネットワーク作りにおいて利用していることが明らかとなった。同時に、手稿譜、印刷譜という異なるメディアそれぞれの特性の相違も浮かび上がった。
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