研究概要 |
平成18年度の研究においては、非西洋圏における文化的アイデンティティ形成に対して美学的言説が貢献するさいに西洋の思考様式が必然的に関わる仕方について、日本一国モデルを越えて一層広い視点から探究された。一般に美的判断の文化的多様性は地理的ないし民族的差異に根ざすものとして表象されるが、そのさい中心としてのヨーロッパ近代から周辺としての非西洋(非近代)を析出し場合によっては(ポスト近代として)顕揚する表象機構自体が、西洋思想史において精錬されてきたシステムであることを認識された。この逆説が十分に意識されないために文化的差異を感性の多様性に結びつける言説が国家主義のイデオロギーに奉仕するという言説機能のはたらき自体が、ある種の普遍的構造を備え、思想史の展開において繰り返されてきた思考様式として解明することが急務である。国際哲学文学学会での発表原稿に基づく'Epistemology of Cultural Values in Non-Western Aesthetics'(International Yearbook of Aesthetics, volume 9)において特にこの点が論究された後、ソウルでの実地調査(現代美術キュレーター、美術館学芸員、アーティスト等へのインタビュー)によって芸術現象と美学言説におけるアジア的価値の個別相と普遍相の関係性に関して、日本と韓国の近代化プロセスの比較に基づくさらに精緻な分析が着手された。最終年度においては、その定式化が目論まれる。一方、今年度刊行された共著『「いま」を読む』の担当論文では、同時代の日本の思想状況全般が、上述の逆説の認識の欠如との関連において分析されたが、思潮の現状に対するこのようなアクチュアルな提言も研究の応用として引き続きおこないたい。
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