研究の最終段階である平成19年度においては、現代の非西欧地域における「感性」「美意識」ないし「美学」とローカル・アイデンティティとの関連づけにあたっていかなる問題性が生じるか、総合的な見地から定式化が目論まれ、その理論的成果が第17回国際美学会議(於中東工科大学、アンカラ)における口頭発表‘Aesthetic Pluralism vs. Parochialism: Ideological Tensions of Cultural Diversity'として公にされた。この論考においては、ヨーロッパ中心主義的な《美の一元化》を回避しようとするために陥りがちな別種のイデオロギーとして、《国家主義的地域特殊主義》と《形式主義的多元主義(相対主義の絶対化)》の二傾向が看取され、それらがいっけん一元化の支配に対立するものでありながら、実際には排外主義や消費主義に助けられて一元化を強化するという危険性が指摘された。またアジア地域の知識人との共同作業の面においては、ホーチミン市(ベトナム)の芸術関係者との連携により、現代ベトナムのアート・文学事情について現地調査と意見交換をおこなう機会を持った。これにより本研究は、フィリピン、韓国、ベトナムという、戦後の経済発展と国際関係の中でアジア的伝統の変容を再考するにふさわしい3つの観点を獲得することになった。その豊かな多様性と複雑な相互関係をさらに詳細に解明するために、今後も研究の展開が求められるであろう。
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