本年度は、チューリッヒのリートベルグ美術館収蔵の狂歌摺物の研究を集中的に行った。 同館が2008年末から開催する摺物展とそのカタログの刊行に向けて、一点一点の内容や文学史位置づけを検討する作業を進めている。とりわけ天明狂歌壇の有力狂歌師鹿都部真顔が、「鹿都部」姓を門人菊廼屋真恵美に譲渡したことを祝する一枚は、伝記研究において重要であるだけでなく、狂歌師による号・姓の譲渡・襲名の意義を考える上で重要な作品と言える。また雑俳との関係を示す作品を見出すことができた。従来さほど注目されてこなかった江戸狂歌と雑俳との関係を考えさせる資料であり、狂歌師の伝記研究資料にとどまらない、摺物研究の可能性を示唆するものと言え、この点についての論文を準備している。 リートベルグ美術館収蔵狂歌摺物、富士山に託された日本人のナショナリズムが象徴的に示された作品がある。「三国一」という言葉を鍵として富士山に託された日本人のナショナリズムの由来を探る論文(「『三国一』の富士の山」においてこの作品を位置づけた。狂歌史研究とは異なる位相からの検討ではあるが、狂歌摺物というジャンルの文化史的な意義を多少なりとも示し得た。 今年度は、天明狂歌壇の有力狂歌師のうち、銭屋金埒の研究を行った(「銭屋金埒と銭」)。その際、ヴィクトリア&アルバート美術館収蔵の狂歌摺物を用いて、金埒が判を加えた狂歌集の編者二世恋川好町が、金埒やその盟友の鹿都部真顔らが率いる狂歌グループの一員で、旧名淀早牛であることを明らかにした。狂歌師の襲名・改名の際に出される摺物が伝記研究の基本的資料となるという典型的な例である。 また今年度は、狂歌摺物における『源氏物語』の受容のさまを検討し、注釈書などをも下敷きにしながら複雑に典拠を再構戒する近世的享受のさまを報告する論文「江戸狂歌摺物と源氏物語」を入稿し、現在刊行を待っている状況である。
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