本年度は、「神性の変容」を二つのテーマに即して研究した。ひとつは、近代以降における「神性」の神秘主義的表現をゲルハルト・ハウプトマンにおいて考察し、この「神性」が翻訳をとおして泉鏡花の文学に受容された様を明らかにする比較文学的研究である。ハウプトマンが取り上げた民俗学的モティーフ(水の精)をギリシア古典にまで遡る系譜の中に位置づける一方、同じモティーフを採用する鏡花が、ハウプトマンと同じく神秘主義的な「神性」への志向を共有しているのを示した。その意義は、西洋の精神史の中に流れとして連綿としてひきつがれてきた神秘主義的思考が近代以降の芸術家の中にも明確に存在し、この流れが同調という形で近代化以降の日本の鏡花にも受容されたのを新しく示した点にある(本研究は平成19年度春季の日本独文学会研究発表会にて口頭発表された)。 また、「神性の変容」に関するもうひとつの研究をドイツ・ロマン主義に焦点をあてて行った。フランス革命前後に流行した社会現象である「メスメリズム/動物磁気」をテーマとした一連の作品の中で、E・T・A・ホフマンが「メスメリズム」の使い手である「磁気療法師」をナポレオンと併置しつつ、「メスメリズム」を「神性」を奪取するためのメディアとして位置づけた様を分析した。パラケルススとシェリングの思想を分析の要諦とするこの研究によって、ドイツ・ロマン主義と新プラトン主義との関わりを「メスメリズム」という当時の社会現象を通して明らかにすることができた。 『ヨーロッパ近代における「神性」の変容』に関する研究は、魔術思想、迷信、啓蒙主義期の陰の部分、20世紀初頭の神秘主義というテーマの広がりを生み出しつつ、「神性」の表現に関わる歴史的系譜学、厳密には、精神史および社会的心理の歴史に対する、ひとつの新しい研究の視座を本研究者の中に確立するという結果を生んだ。
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