今年度は18世紀女性の感受性の歴史的・社会的意味を、主要な海外の学術論文を精査した上で、2回にわたる英国リサーチによって歴史資料を調査することによって以下の事例を明らかにした。 「感受性」や「情操」、「憐憫」、「共感」、「善意」といった18世紀的美徳は、イギリスの経験哲学・道徳哲学によって体系づけられ、中流階級を主軸とした社会経済の活性化と繁栄の中で「上品な」(polite)社交性・社会性を示す美徳としても賛美された。それは感受性文学を構成する一方で、貧困が社会問題化していく過程で慈善と結びついていく。18世紀中葉に慈善事業が未曾有の規模で行われたことと、感受性文学が出現したことは根底では軌を一にしているのである。感受性豊かな慈善の美徳は、男性だけではなく生来的に感性・感覚が鋭敏であると考えられていた女性にも適用されていく。18世紀における女性の慈善への関与は軽視されがちであるが、特に18世紀後半の風俗改善運動、日曜学校や慈善学校をはじめとする協同慈善事業、奴隷貿易廃絶運動など、女性の目覚しい活躍は言説の点からみても明白である。家庭的・女性的とされる感受性がその延長線上で慈善と結びつくことで、それまで私的領域に閉じ込められていた中流階級女性たちが、女性としてのアイデンティティを失うことなく社会的、時に政治的な役割を獲得していく契機となったのである。ハンナ・モアやプリシラ・ウィイクフィールドが知性ある中流階級女性にとって可能な範囲で慈善活動を行なうことこそ女性の専門職であると論じたことは、慈善を突破口として女性たちが「公共圏」へ参入しようとしていた証である。それはこの時代の女性文学の一側面でもある。女性による感受性文学、あるいはその派生としての言説には慈善の概念や行為が扱われている小説が多いが、それらはいわば女性慈善文学群を構築している。Sarah ScottのMillenium Hall(1762)はその好例だ。感受性文学の修辞や18世紀道徳思想を背景に、ジェンダー化された独身女性たちが貧しい人々の母親代わりの救済者として活動する姿が画かれている。18世紀後半から19世紀にかけて、文学をひっくるめた公共圏の中で慈善は女性にとってますます大きな関心事となっていく。
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