『元史』の「釈老伝」、「食貨志」、「百官志」の検討および「芸文志」の編纂の準備として、これまで紹介されていないモンゴル時代に関わる書物を元刊本、朝鮮版、五山版を中心に、日本では国会図書館、国立公文書館、京都建仁寺等において、国外では台湾国家図書館、故宮博物院において閲覧および複写を行った。「祭祀志」、ジャムチについては、中国遼寧省において大元時代の碑刻、寺廟建築、山岳河川、遺構を参観し、関連資料の収集に努めた。「地理志」については、九州大分県の臼杵、宇佐において中国、世界地図の調査を行った。その成果のひとつとして、「徽州文書にのこる衍聖公の命令書」を発表した。大元末期、曲阜孔家のトップに立つ衍聖公はモンゴルの庇護、承認のもと、全国の孔子、孟子、顔子の子孫たちが各地の学校、書院で不自由なく優れた師友とともに勉強しできるよう、宿泊費、交通費を免除し、生活費、書籍購入費の支給を約束するパスポートの発給権をみとめられていたこと、また、その前提として、全国の孔氏、孟氏、顔氏の系図の整理、統合が進められていたこと等が明らかになった。これは、既に整理した道教教団の正一教、全真教とそのトップに対するモンゴル朝廷の政策とともに、こんご進めるチベット仏教、禅宗の研究の参考となる。また、大元時代末期にモンゴル朝廷の仏教政策のシステムを身をもって学び、明の建国初期に朱元璋のブレインのひとりとなった禅僧季潭宗〓の文集の学界未知のテキストが、日本の中世、近世の対中国外交の一翼を担った京都建仁寺に眠っていることを紹介した。さらに、モンゴル時代の水利事業と救荒政策について解明する前段階として、担当の官庁であった大司農司の変遷を『農桑輯要』をてがかりに辿り、「食貨志」の農桑、「百官志」の再編纂を行った。その成果は、長編のため、上下二編に分けて公刊する予定である。なお、これまでに明らかになったモンゴル時代の政治、文化のシステムの一部と学界未知の資料を一刻もはやく共有し、研究レヴェルの底上げを図る目的から、ここ数年来の論文をまとめなおし、新しいデータ、将来の展望もまじえながら一冊の書物として公刊した。
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