(1)本年度は、十九世紀後半におけるベルリンの衛生事情を主要テーマとし、その時代、都市空間を覆い始めたインフラ・ネットワーク、とりわけ、上下水道の展開の実体を調査するため、ベルリンの水道史を含む社会史や市政史、そして技術論や都市衛生論を分析し、その歴史的経緯や配(排)水構造を調査した。 (2)先の研究と平行して、当時の市民の生活を反映したドイツ文学、具体的にはA.デープリーンの『容赦なし』やP.リンダウの『西区への移動』、また『迷い、もつれ』をはじめとするTh.フォンターネのベルリン小説等の諸作品を精読し、都市の衛生化にともなう庶民生活の変化が分析された。その際、(1)衛生と引き換えに失われた「井戸端」の人間関係、(2)均質な水が行き渡ると同時に、大衆という単位にまとめ上げられた市民像、(3)コレラやチフスが大衆心理に果たした効果、等の問題が要点として浮き彫りになった。 (3)上記のベルリンの諸状況と比較しつつ、『舞姫』や『妄想』をはじめとする鴎外の文学に表されたベルリン、ならびに、『独逸日記』や『隊務日記』等に見られる彼自身の都市体験が検証された。特に、鴎外が(1)で検証された水道ネットワークに取り込まれる過程、また彼はそのシステムをどう認識していたのか、という問題に焦点を当て、現在、次年度発表予定の論文「衛生都市ベルリン-鴎外のもう一つの都市体験-」を執筆中である。
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