最終年度にあたる2007年度には、テーマである鴎外のベルリン体験を、メディアという視点から考察した。特に、彼が足繁く通ったメインストリートのカフェ・バウアーに注目し、この店が単なる喫茶店ではなく、世界各国の新聞・雑誌をはじめ、文学や医学の専門誌にいたるまで600紙を自由に閲覧できた、当時最先端の情報センターであった事実を明らかにした。 続いて、この施設やそこに訪れた人々が、鴎外の思想や文学にどのように関わったのか調査した。とりわけ、アウグスト・シェールというー人の常連客に焦点を当て、彼が「ベルリン・ローカル新聞」を皮切りに、ドイツのジャーナリズムに与えた影響いついて論じた。具体的には、シェールが難解な論説中心のドイツ紙ではなく、「ニューヨーク・ヘラルド」や「イヴニング・ポスト」などアメリカの新聞に範を仰いでいた点を踏まえ、彼が、簡潔かつ明快で、最新のニュースにあふれ、記事がセンセーショナルであるアメリカのジャーナリズムを初めて導入し、庶民にも講読層を広めてドイツで報道革命をおこした事実を論究した。 さらに、こうした情報革命が、まさに鴎外の滞在期とシンクロしていた事実を考慮し、『舞姫』をはじめとする彼の文学作品に、情報センターとしての喫茶店の実景と機能が書き込まれていることを検証した。そして。当時の鴎外が、活字化された情報がいかに一般のベルリン市民にまで浸透・流通しているか評価していた点に注目し、こうしたジャーナリズムを後進の日本に導入しようとしていた事を、「椋鳥通信」などジャーナリストとしての鴎外し活動と関連させて述べた。
|