本年度は主に資料の収集や整理、解読に努めた。まず台湾に出張し、現地の「日本語人」と考えられる世代の集会や交流会に積極的に参加し、生の声を聞くためにインタビューを行った。その一方では、伝記や創作小説など「日本語人」の関わりうる台湾や日本の出版物や記事を多く入手するよう努め、読み解く作業を進めた。これに関しては、台湾の「日本語人」によるものだけではなく、客観性を保つために日本の作家や評論家がとらえている台湾社会や「日本語人」についての資料も視野に入れて収集した。そのなかで、「日本語人」がそろって口にしていた「日本精神」といった言葉に深い関心を抱いた。というのは、それが多くの場合、「誠実」「忍耐」などといった意味合いを持つものとおそらく思われるからである。この「日本精神」は元々「日本語人」にどのように理解され、また台湾の言語社会ではどのように受容されたか、その変容の過程から何が見えるかを追及していくのが来年度の課題である。 それ以外では、本研究課題とは直接関係はしないものの、その前段階作業として近代日本作家によって「日本語人」と思わしき人物が描かれた作品を比較して、「日本語人」のイメージを探ってみた。具体的には、谷崎潤一郎や芥川龍之介、中島敦、牛島春子など戦前、当時日本領有であった台湾や朝鮮半島、旧満州、南洋などへ赴いたことがある作家が、作品中で直接「日本語人」と思われる人物を主題に描いたり、あるいは部分的に「日本語人」と接したりする痕跡が見て取れる。それらを読むと、「日本語人」のある共通点が浮かび上がってくることがわかった。つまり、「日本語人」が植民地出身にしては比較的高い学歴と日本語能力を持つ故に、通訳の立場に立ち、現地と日本とのパイプを努めることができるのだが、逆にアイデンティティのジレンマに身を陥れることになってしまう。この研究成果を台湾社会に当てはめて照らし合わせたい。
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