本年度の成果は、大きく3つにまとめられる。 第一に、メンタル・スペース理論の枠組みで非現実世界に言及する「この映画で{は/も}ヒッチコックはヒッチコックだ」のようなトートロジーが持つ解釈を論じた。このトートロジーは14通りの読みを持つが、これらの読みは、スペース間結合トートロジーとしての解釈と差異否定型トートロジーとして解釈とに大きく分類される。前者の場合、トートロジーはあるスペースの要素が別のスペースのどの要素に対応するかを述べ、介在するコネクターに応じて解釈の複数性が生じる。後者の場合、あるスペースの要素が別のスペースにおいてもその属性を維持していることを述べ、スペースの多様性に応じて解釈の複数性が生じる。 第二に、日本語とフランス語の差異否定型トートロジーの異同を記述した。両言語に共通する解釈スキーマを仮定することができる一方で、細部において相違点が観察される。日本語のトートロジーは、フランス語のトートロジーと異なり、主語と属詞が同一形態でなければならないという制約に従っており、ある程度構文化されていると考えられる。また、フランス語ではトートロジーに対応する否定文が完全に容認されるのに対して、日本語では「MではXはXだ」の否定として「MではXがXでなくなる」あるいは「MのXはXではない」の方が自然である。これは、一般に日本語のコピュラ文が、フランス語のコピュラ文と異なり、主語と属詞の形態的同一性を要求するという事実からの帰結である。 第三に、差異否定型トートロジーと共起することが多い条件文と譲歩文の分析を開始した。条件文はもっぱら何らかの結論に対する論拠として機能し、この機能を条件文の定義とするべきであるという言語内論証理論的分析を批判し、条件文が正当化する結論は言語学的に見て均質的でなく、これらの結論を無定義概念とすることには問題があることを論じた。
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