A.外来語導入に伴う漢字音の変化という現象を発見し、新たな訳語交流の類型を見いだした。 「礦(鑛)」は中古音との対応通りならばgong3と読むべき所、現在はkuang4に読む。「工業」と「礦業」は日本製訳語であり後に中国語に借用されたという事実を考えれば、「礦」の読音変化と「礦業」の中国語への導入は深い関係にあることが予想される。即ち「礦」の読音変化には近代日中間言語文化交流が影響していると考えられる。 「礦」の読音変化は呉語の読音が他方言へ拡散したことによる。呉語であった理由には清末の実業教育があろう。実業学堂に呉語圏の学生が多数入学し、彼らが日本製訳語「礦業」を彼らの母方言をもって広めたことにより、その音が定着したと推測される。 「礦」読音の変化はその意味では一種の方言間の借用とも解せるが、かかる借用を促したのは近代日中言語文化交流である。従来それがもたらしたのは訳語の「語形」のみであると考えられてきたが、漢字音にも影響を与えていたことが示された。 B.訳語に関連して来華宣教師・中国人文人の残した漢語資料を調査した。 (1)訳語の基礎方言の問題に関連し、20世紀初頭雲南における漢語教科書を発見した。そこに反映した音系について初歩的な整理を発表することになっている。また、訳語の伝播に影響を与えた西学書の類型について考察を加えた。さらには訳語の基礎方言として全国共通語が中国において来華外国人により設定されるのと軌を一にして、地域においてもそこでの標準語設定が同じく来華外国人によってなされていた様相を明らかにした。 (2)訳語に影響した来華宣教師と交流があった中国人文人に関連し、文法学者として今後注目される畢華珍についてその生平を考証した。 C.ドイツのニュルンベルク=エルランゲン大学における国際シンポジウムに参加し、研究成果の発表と学術交流を行った。
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