本年度は本研究の基盤となる、仮名書状のリストを補足・整理し、それらをもとに、画像および影印の収集と、データベースの作成を行った。とくに、仮名の定着期間である、11世紀および12世紀の仮名書状を中心に、書記スタイルと表記の関連について検討した。 対象とした資料は、藤原為房妻書状を中心に、因幡国司解案紙背仮名消息・虚空蔵菩薩念誦次第紙背仮名消息・北山抄紙背仮名消息ほか、勝尾寺文書など『平安遺文』にみえる仮名文書である。 たとえば、これらの仮名書状のなかには、紙の中央から書き始め、末尾にきたら今度は右端からやや小さめの文字で続け、さらに後がある場合は文字の大きさを一層小さくして上に書き、ときには行間におよぶこともある、という書記スタイルがみられる。 原稿用紙やワープロに慣れた現代の目からは不便きわまりなくみえるこのような書記スタイルはなぜ成立し、定着したのだろうか。たとえば筆と墨を使って紙に書く、といった道具の問題が関連していることはもちろんだが、字形・連綿・かなづかいといった表記の問題とはどう関わるのか。これら一見非合理的にみえる書記スタイルが、当時用いられるべきどのような合理的な理由をもっていたのかについて分析・検討を行った。 改行や空白など、文字列を視覚的に区切る作業は読解の手助けの重要な要素の一つである。一方それは、伝達を主目的とする仮名書状と、内容の正確な読解を目的とする『土佐日記』等の写本の場合と、「古筆」とよばれる韻文の書写資料とでは、互いに異なっていることが予想される。こうした、同時期の資料の性質の違いにも注目して検討を行った。
|