研究概要 |
平成17年度は,日本語の転位文を扱う前に,首都大学東京の学部学生のボランティアの協力を得て,日本語の格助詞が文の意味処理においてどのような役割を果たしているのかを実証的に調査した.その結果を以下で,報告する.【格助詞の役割】日本語は,英語のような文法的格が音形を持って現われない言語,ドイツ語のような格要素が音形を持って現われるが,屈折するような言語と異なり,一般的に,行為者,被行為者などの統語的-意味的役割を個別の格助詞により表現する言語である.これまでの脳波を用いた,欧米言語の事象関連電位(ERP)研究では,格が具体化している意味的役割の違反は,頭皮上で後頭部中心に刺激呈示後400msで現われるN400と呼ばれるERP成分か,もしくは,左前頭部で同じ時間帯で現われるLANと呼ばれる成分が主に報告されている.N400は言語の意味処理を反映し,LANは統語処理を反映しているという見解が言語のERP研究において一般的であるとこから,N400とLANという対極に位置する両方の成分が報告されていることは,格要素により担われる意味役割情報がどのような言語学的処理を反映しているのかに関して,議論の余地を残している.そこで,意味的プライミングパラダイムを用いて,格助詞の役割を確かめた.課題としては,非単語かどうかを判断する語彙判断課題を使った.【結果】始めに,意味的つながりあり条件とつながりなし条件(雨戸-閉めるvs.雨戸-冷ます)では,つながりなし条件で広く報告されているN400電位の増大が見られた.さらに,正しい格助詞あり条件とつながりなし条件の比較(雨戸を-閉めるvs.雨戸-冷ます)においても,同様の結果が見られ,意味的プライミング効果が確認された.しかしながら,間違った格助詞条件と意味的つながりなし条件の比較(雨戸が-閉めるvs.雨戸-冷ます)では,ERP効果が全く得られなかった.興味深いのは,正しい格助詞あり条件と意味つながりあり条件の比較で600ms辺りから,後期陽性成分が格助詞あり条件で見られた.【考察】意味つながりあり条件のN400電位の減衰は,primeの名詞がtargetである動詞の選択特性を満たしている結果現われたものと考えられ,語彙的情報に基づいた意味的統合を反映していると考えられる.一方,正しい格助詞あり条件で現われた後期陽性成分は,単なる選択特性情報の処理を反映しているとは考えにくい.この陽性成分は,意味役割情報を反映しているものと考えられ,言語の意味処理が分化していることを示唆している.この結果は,転位文における転位された要素がどのように逐次的に統合されるのかに関しても,より分析的な考察を可能にすると考えられる.
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