本研究の目的は、「長崎旧記類」(以下、「旧記類」)の調査・分析を通じて、長崎から見た近世の異文化認識の解明を行なうことである。為政者側ではない、民衆の視点から記載された「旧記類」の異文化情報は、今後の対外認識研究で重要な論点となる。今年度の研究成果は、2007年4月刊行の『文学研究』第95号に掲載されている。以下、(1)〜(3)に今年度の研究内容をあげる。 (1)島原の乱の扱いに着目し、島原・天草地方の「旧記類」の資料収集とフィールドワークに力を入れた。次に資料を翻刻し、内容の検討を行なった。今回の分析対象は、『長崎拾芥』(1689年)、『崎陽雑記』(1696年)、『長崎根元記』(1697年)、『長崎始原記』(1717年)である。 (2)元禄〜享保期の「旧記類」の著編者たちが、50年〜80年ほど前に起きた我が国最大のキリシタン一揆をどのように認識していたかを、当時の人々の視点で分析し、考察を行なった。 (3)分析の結果、以下の(1)〜(3)点が明らかになった。 (1)『崎陽雑記』・『長崎始原記』には、それまでの「旧記類」にはない、島原の乱の一揆側の指導者である山田右衛門作(以下、右衛門作)の記事を採録していること。 (2)右衛門作記事の採録は、一個人の取調べ調書の書写ではなく、文学・歴史学史上に極めて重大な意義を齎していること。即ち、本来なら、右衛門作記事は、公的機関に埋蔵されるはずの文献であったが、「旧記類」の著編者が右衛門作記事を採録したことで、その記録が現代まで受け継がれることができた。しかも著編者は一揆の非情な現実を敢えて淡々と伝えており、彼らが客観的かつ公平な態度を貫くことで、「旧記類」記事は為政者側の摘発を逃れて、後世の多くの読者から信頼され、文学・歴史学的価値を醸成する結果となった。 (3)収録記事の内容と時代背景を勘案し、「旧記類」の系統分類作業の基礎分析を行ない、官撰書『長崎根元記』対、民衆側が編纂した文献の構図を浮かびあがらせたこと。 今後はさらなる翻刻・分析作業を通じて、より詳細な「旧記類」の内容・特性を検討したい。
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