本研究の目的は、「長崎旧記類」(以下「旧記類」)や「漂流記」の調査を通じた近世異文化認識の解明である。為政者側ではなく民衆の視点で記載された「旧記類」「漂流記」の異文化情報の内容を確認する事は、対外認識研究では重要な論点である。今年度は、集大成として史実の小説化の解明と民衆の意識を分析した。成果の一部は『近世初期文芸』第25号に掲載され、主な成果は現在『歴史評論』で審査中である。以下、1〜3に今年度の研究内容を示す。 1、異国情報を記載する「旧記類」「漂流記」に着目し、調査収集を精力的に行った。史料の整理・翻刻を行い、内容を精読した。翻刻した史料の一部を学術雑誌に掲載し、後の研究に活用を可能にした。 2、韃靼漂流事件の口書『韃靼漂流記』(写本)と、それを小説化した『異国旅すゞり』(以下『旅すゞり』)『朝鮮物語』(ともに版本)を比較分析し、『旅すゞり』の独自性をより明確にした。具体的には、『旅すゞり』だけに記載される対清・朝鮮国への認識や日本に対する記述を抜き出し、享保期の日本人の自意識・異国観を考察した。 3、分析の結果、次の3点を明らかにした。 (1)『旅すゞり』には、その元となった『韃靼漂流記』や後に成立した『朝鮮物語』にはない、独自の対清・朝鮮国観が記載されている。こうした異国観の分析は、従来の研究では看過されてきた。 (2)(1)であげた対清・朝鮮国観は、享保期の民衆が持つ、自国文化や技術を誇る自信の上に、形成されている。 (3)『旅すゞり』の独自性は、享保という時代の有した(国を閉ざす事で生まれた)安定感の中で成立している。当時流行した多数の紀行文と同様に、民衆の新奇な異国文化への憧れ・好奇心が『旅すゞり』を創り上げている。 しかし時代が下り諸外国に脅威を感じ実用性が重視されるようになると、『旅すゞり』に見られた異国観は消えナショナリズムの台頭を意識させる『朝鮮物語』の誕生へと繋がっていく。
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