本研究は、カスピ海と黒海の間に位置する国際的要衝コーカサスに対する周辺巨大政体による統治政策を、人の移動の観点から考察することを目的としている。とりわけ、これまで世界的に研究の手薄なイランによる16-18世紀における強制移住政策に注目している。平成17年度は、基本的な資料の収集と、予備的な現地調査の遂行を課題とした。6月に、二週間、イランに滞在し、17世紀初頭にグルジアより強制移住させられたイランのグルジア人コミュニティが存在するフェリードゥーン・シャフルを訪問することに成功した。管見の限り、現在活動しているサファヴィー朝ないし、コーカサス研究者では、欧米を含めて初めての訪問であったと考えている。現地人との交流を深める中で、イランのグルジア人が、古いグルジア語と方言を保存していること、グルジア人としてのアイデンティティを強く意識していること、ソ連崩壊とともに独立したグルジアとの精神的な絆を近年強固としていることを確認するなど、大きな成果を得た。また、テヘラン大学の歴史研究者をはじめ、情報交換に励みつつ、近年の目覚しい歴史研究の成果が反映されている多くの出版物を手に入れることができた。この調査旅行では、物品費で購入した機材も大いにその効力を発揮したことはいうまでもない。勤務先のセンターニュースに紀行文を寄稿したが、今後の研究への足がかりを築くことができたと考えている。 今年度は、現地調査と資料収集、その読解に時間がかかり、刊行成果は次年度にほぼ持ち越しとなった。ただし、すでに英文・邦文で数本の論文が投稿済みである。また、今年度は、強制移住政策の背景にあるコーカサスの地政学的な位置づけに注目した『国際問題』収録論文を発表した。2年目も、こうした成果を踏まえつつ、17-18世紀強制移住政策の衝撃と、現代におけるコーカサス系民族への影響について、より具体的に追求する予定である。
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