研究概要 |
平成18年度は,スペイン滞在時に蒐集した文書群の翻刻と読解・分析を進めながら,それに基づいた地域専門研究を手がけると同時に,リェイダ大学(スペイン)を母体とした新たな国際雑誌の創刊に協力を依頼され,本研究の基礎をなす文書史料の作成・保管とその機能をめぐる問題を検討する機会をも得た。具体的な成果は下記のとおりである。 1.紀元千年頃を画期とした領主制的支配の伸張という認識を再検討するにあたり,土地や権利をめぐって繰り広げられた紛争を内容とする文書を例にとって,聖俗領主,とりわけ文書の作成と保管に主導的な役割を果たした教会が,自らの文書を通じて国王法廷の権威の失墜や農村共同体の抑圧といったよく知られるイメージを作り出していたことを明らかにするとともに,文書史料がいかに受益者の側に立った視点で作成されていたか,それが研究の遂行上いかなる障害となるのかを論じ,すでに海外誌での掲載が決定している。 2.中世西欧封建社会の基礎細胞をなすとされる城主支配圏(シャテルニー)とそれを地誌的に肉付けする城塞化(インカステラメント)の本格的な形成が,古代的な社会構造から中世的なそれへの変動を画する最大の現象の一つとみなされているなかで,征服と入植による高い空間的・社会的流動性を特徴とするスペイン農村がそれらをいかなる形で経験したかを,ムスリムやキリスト教徒が混然一体となって争奪を繰り広げたエブロ川流域を地理的枠組みとして具体的に検討した論考を執筆した。それは近く投稿される予定である。 3.都市=農村関係と一般に呼ばれる研究領域が西欧中世史研究の一分野として認知されて久しいとはいえ,スペイン史研究ではなお専門的な地域研究が充実しているとはいいがたい現状に鑑み,都市ウエスカ近郊の農地編成と領主制的支配の浸透度を,約1000点の文書史料に記録された土地とその隣接物の数量的分析により具体的に考察している。
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