本年度は、第二次世界大戦期アルザスの強制召集兵について、先行研究の整理を行うとともに、現地にて資料収集を行い、研究を進めた。U.リドヴェクによるLes Malgre-Nous : Histoire de l' incorporation de force des Alsacuens-Mosellans dans l'arme allemandeを参照しつつ、元強制召集兵による手記、回想録、インタヴュー集、日記、さらには遺族の手による書簡集などを分析し、当時の状況を整理すると同時に、彼らの体験と心理状況のアウトラインを描き出した。特に日記や書簡集からは、徴兵された若者たちの国家や民族、郷土に対する複雑な帰属意識や、彼らの多言語性(同一家族に宛てた手紙でも、父母にはドイツ語で、姉妹にはフランス語で書く等)などが明らかとなった。また同時に、彼らの「記憶」が現在のアルザスに与える影響についても、現在のアルザスの政治的動向や「記憶」の表象の方法(地域史編集、雑誌特集、記念碑、博物館etc)の分析を通じて考察した。そこから、「アルザスの体験について、フランスは無知である」という不満と、しかしながらその「記憶」をアルザスに囲い込もうとする行為(資料収集の制限等)という矛盾したアルザスの状況が確認された。さらに、第二次世界大戦の「犠牲者」の表象であるオラドゥールの虐殺記念館(リモージュ地方)と、シルメックのアルザス記念館(アルザス)の比較を通じて、「犠牲者」神話と「国民的記憶」の関係を論じた。それらの成果は、博士論文「第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけてのアルザスに見る国民意識の変遷と記憶」の一部(5章および6章)として、2006年3月末に提出予定である。 また、上記の研究の一環として、第一次世界大戦期の「民族」という語をめぐる言説の変化、認識の変化を扱った唐渡晃弘著『国民主権と民族自決』の紹介を『史学雑誌』(2006.11)にて行った。
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