第一次大戦の勃発を機に、イギリスにはVWPとWPSという二つのヴォランタリー女性警察が誕生した。両者は、担い手(中流階級)や任務内容(労働者階級女性のモラル維持)に共通点を有していたものの、その目的(VWPは社会福祉、WPSは職業開拓)には大きな違いがあった。両者の違いは制服着用の有無に顕著に表れた。VWPが腕章のみで活動したのに対し、公的認可を求めるWPSのメンバーは制服に身を包み、陸軍省や軍需省との個別契約によって準公的な活動を展開した。二つの女性警察が誕生した第一次大戦期のイギリスは、軍服姿の兵士に女性が熱狂し、制服を着用する職業に女性が殺到した「制服の時代」であった。本研究では、時代を象徴した制服を、セクシュアリティ・ジェンダー・階級といったさまざまな問題が集約される場としてとらえ、自らの理念を制服に託したWPSを中心に、旧来の社会秩序の揺らぎについて考察した。 そのさい着目したのが、首都警察がWPSに対しておこした制服裁判である。戦争が終わり、女性警察に対する需要が低下すると、WPSは制服のデザインが首都警察のものに酷似しているとして訴えられたのである。有罪判決を受けたWPSはデザイン変更を行ったが批判はおさまらず、その矛先は次第に「無認可組織の存在そのもの」「WPS幹部のセクシュアリティ(私生活での男装/レズビアニズム)」へ向けられていく。首都警察によるこの執拗な攻撃は何を意味するのか。それは、WPSによる制服の着用が、男と女(制服の着用=男装)、公的空間と私的空間(無認可ながら一定の公的性格をもつ)、戦闘員と非戦闘員(擬似前線での活動)など、従来の社会秩序を形成していたさまざまな領域の「境界」を同時に侵犯し、それを越境すること意味していたからにほかならない。以上の成果をもとに、現在、「『制服の時代』-第一次世界大戦期イギリスにおけるセクシュアリティ・ジェンダー・階級-」と題する論文を執筆中である。
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