本研究の主たる目的は、文化人類学のフィールドワークの技術的蓄積を活用しながら、今日のわが国の終末期ケアと看取りをめぐる社会的実態を記述、分析することである。平成17年度には、「一般の病院・診療所における終末期ケアの実態を解明するフィールドワーク」と「遺族に対する聞き取り調査」の二つの調査活動を実施した。主たる調査地としては、医療・介護専門職間に構築したネットワークが利用できる福島県いわき市を選んだ。 実施した調査活動のうち前者に関しては、いわき市内の複数の総合病院、診療所、老人保健施設等を訪問し、スタッフの終末期ケアや看取りに関する実践の状況と関連する言説を調べた。このフィールドワークの過程では、地域における医療・福祉体制の特性が明らかになるとともに、限られた資源を活用しながら、法的な要請を越えた水準での実践を維持・改善しようとする現場スタッフの様々な葛藤を理解することができた。 後者に関しては、医療機関や遺族間のネットワークの協力を得ながら、16ケース23人の遺族に対して、延べ36時間の半構造化インタビューを実施した。これらのインタビューの音声記録については順次書き起こし作業を進めており、現在全体の7割程度まで文書データ化を終えている。この調査からは、サービスの提供側からは感得し難い、終末期ケアや看取りに対する「市民のまなざし」が浮き彫りになり、文化人類学と医療・福祉実践の双方に対する貢献が期待できる知見が得られた。 以上の二つの調査活動の結果得られた質的なデータは、グラウンデッドセオリーの手法に準拠しながら、カテゴリー化と相互の関連付けを進めている。研究の二年目にあたる平成18年度には、この分析を論文にまとめるとともに、知見をより精確なものにすべく、いわき市内外における継続調査と、比較研究としての米国のホスピス・緩和ケアの現場における短期的フィールドワークの実施を予定する。
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