本研究の目的は、域外適用法理の歴史的・理論的展開を辿ることで、管轄権行使の理論的評価基盤を明らかにすることである。本年度は、その一つの事例として、受動的属人主義に関する研究を行い、成果を論文にまとめた。 受動的属人主義とは、自国民が国外において犯罪の被害者になった場合に、国籍国が自ら刑法を適用して犯罪者を処罰するという原則である。現在では特にテロ犯罪に対して適用されるようになってきているが、その根拠は必ずしも明らかにされていない。論文においては、まずこの原則を巡る争いが19世紀後期にまで遡ることに着目し、そこから20世紀初頭までの理論的展開を辿った。検討の結果、明らかになったのは、第一に、自国民を保護するための管轄権の域外適用は、それ自体として禁止されているわけではないこと、しかし第二に、かかる管轄権行使は、行為が行われた国家の主権により制約を受けること、そして第三に、20世紀初頭においては、自国民保護のだめの管轄権行使は、犯罪行為地国の保護が与えられない場合に、その機能を補充するものとして理解されていたということである。 なお、第三の点について、保護が与えられない場合に被害者の国籍国がなしうるのは、行為地国の国家責任を追及することのみであるとの見解もあった。しかしながら、20世紀初頭に始まる現代的な国家責任の理論に照らして検討した結果、国家責任追求の前提となる処罰義務違反と、管轄権行使の前提となる領域国の統治機能の不備とは、あくまで区別されるものであることが明らかになった。このことはまた、私人の保護を巡る、国家責任追及の枠組みと刑事管轄権行使の枠組みとの「機能分化」という、従来は意識的に論じられてこなかった問題を浮かび上がらせることにつながった。
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