本研究における2006年度の主たる目標は、前年度に調査・集積した対抗措置を定める紛争処理条項を含む条約の分析と検討を行うことにあった。また、当該分析・検討を行う際の前提として、国連憲章2条3項に定められる平和的紛争解決原則の意義を、憲章の起草過程にさかのぼって検討し、同原則とそれら条約中の紛争処理規定の関係について理論的問題を整理した。 本年度の調査・検討を通じて、以下の点が明らかとなった。 第一に、平和的紛争解決原則は紛争処理手続の選択を当事国に任せているなど、その規律内容に乏しいことが従来、問題として指摘されてきたものの、同原則の最も重要な意義は伝統的な国際法において妥当するものとされてきた「強制的紛争処理」観念を排する点にあるということである。本原則は単に結果としての平和を達成することのみを求めているのではなく、紛争処理過程においてはもっぱら友好的紛争処理手続によるべきことと、という手続的な規制を及ぼしていると言うことである。それを具体的に以下なる手続と態様で実施すべきかが当事国に任されているにすぎない。 第二に、個別の条約中の紛争処理規定は、平和的紛争解決原則の主旨を具体化するものであり、その意味において同原則を補完するであるということである。国連海洋法条約やWTO紛争解決了解などに定められる紛争処理手続は従来、自己完結的であるとも言われてきたが、むしろそれら一般国際法上の平和的紛争解決原則を基礎として、特定の文脈における特殊な事情をふまえつつ、同原則を具体化したものと見ることができる。 第三に、以上をふまえてみるならば、個別の条約規定において定められている対抗措置規定は、一般国際法における対抗措置の特定の文脈における現象形態として捉えることができる、ということである。各条約中の対抗措置規定は、むろん、それらの条約が定める実体規定の内容と特徴をふまえて設けられているものであるが、その基本的な性質は必ずしもそうした個別性のみで説明しうるもの(sui generisなもの)ではなく、むしろ一般国際法上の対抗措置を特定の文脈をふまえてアレンジしたものと言える。
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