今年度は、主として、プロイセン刑法典制定過程において出現した草案、草案に関する理由書と草案に影響を与えたと考えられる同時代の刑法学説の検討を行った。その結果、現行ドイツ刑法典の文書偽造罪規定の重要な淵源の一つがプロイセン刑法典の規定に求められること、19世紀前半までのプロイセンの文書偽造理論は、ドイツにおいて先端的なものであったわけではなく、バイエルンなど他のドイツ諸邦の刑法典の規定の方が理論的に優れた点が認められること、このような状況を顧慮し、1840年代以降、プロイセンにおいては、草案に対する批判的意見を研究者・実務家等に広く求め、それを反映した草案を作成した上で、枢密院等において議論することによって、現代的な文書偽造罪規定を形成していったこと、当時のプロイセンの特殊性から、プロイセン刑法典の文書偽造規定にはフランス刑法の影響が看取されることなどが明らかとなった。 また、プロイセン刑法典に関する注釈書やプロイセンにおける刑事法関係の雑誌に収録された判例・論文を基礎にプロイセン刑法典下における文書偽造罪を巡る判例・学説の検討を行った。その結果、プロイセンにおいては、刑法典の予定する偽造の内容について、有形偽造と無形偽造との区別、文書偽造と文書毀棄についての区別などを巡って詳細な論議が行われていたこと、その際、他のドイツ諸邦やフランスにおける議論が参照されていたこと、学説上、プロイセン刑法典の規定の不十分さに関する認識が存在していたことなどが明らかとなり、その後のドイツ刑法典の制定過程において現在のような文書偽造罪の規定形式が採用されるに至った一つの経緯が確認されると同時に、わが国における通説的な文書偽造理論の形成過程とそこに内包されている課題の一端も確認された。
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