本研究の基本的な問題関心は、従来の自由主義的な秩序原理(経済功利主義)と予防原則の関係にあり、この点を問題視してきた予防原則の法規範性に対する否定的見解(以下「否定論」)の理論的克服を目的とする。17年度の前半においては、漁業分野における予防原則をめぐる従来の学説の検討と、漁業関連条約の秩序原理の検討を中心に研究をすすめ、関連する文献・資料の調査を遂行した。漁業分野に関する学説においては、汚染分野との異質性が総じて自覚されており、汚染における「予防原則」と漁業における「予防アプローチ」との区別が強調されることが多い。しかし、他の環境分野においてしばしば主張されるように、そこでいう「アプローチ」概念はその法規範性を否定する意味までも含むのかという点や、そうした「予防アプローチ」に基づく予防的制度の形成が、従来の秩序原理にいかなるインパクトを与えるものであるのかという点については、十分に明らかにされていない。このように漁業分野に関する従来の学説においても、否定論の根本的な問題提起に応じていないという理論上の問題があることが明らかにされた。以上のような先行研究の整理・評価をふまえたうえで、17年度後半においては、20世紀前期・中期の漁業協定や1958年「公海資源保全条約」等の実証的検討を主に遂行した。その結果、これらの条約体制の基本目的が最大限の食糧供給の確保にあり、各国の漁獲の権利に基づく経済功利主義の原理に基礎を置くものであることが明らかとなった。そして、その後予防アプローチを採用した1995年「国連公海漁業実施協定」等の検討にも着手し、経済功利主義からの「脱却」を志向する汚染分野とは対照的に、漁業分野においてはセーフティーマージンの設定による経済功利主義の「修正」に特徴があることが判明したが、この点についてはさらに検討を継続中であり、18年度に研究成果として公表していく予定である。
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