本研究費の助けを借りて、コロンビア大学での博士論文の中で開発した「多次元の才能を持った個々の経済主体が職業選択できる一般均衡貿易モデル」の応用を(少なくとも)2つの方向において分析を行った。1つ目は国際貿易によるパレート改善への応用についてである。国全体としての貿易利益を政府が所得の再配分を行うことによって、国民のパレート改善を狙うことが理論上は可能であるが、実際の世の中では貿易自由化後の負け組を補償するような再配分制度はうまくいっていない。多次元スキルの理論モデルを用いて、なぜ再配分制度がうまく行かないのかを解明しようとした。2つ目は、人的資本投資への応用である。多次元に才能が多様化している個人からなる経済を考える。「生まれつき才能が差のある個人は特化型の人的資本投資と、ジェネラリスト志向のどちらを好むか」を分析する。 本研究は理論研究であるために、その中身を精緻化するプロセスでは、自ら作り出したモデルに対しての学者仲間による建設的な批判を受けることが重要である。そこで、本研究費のサポートによって、国内外でのセミナーや欧米での国際学会に参加して研究発表を行い有益なフィードバックを得ることができた。 1つ目のトピックでは、政府が個人の才能を観察できない場合には、過剰補償とパレート改善の間にトレードオフが存在することを証明した。場合によっては、過剰補償による政府収支の不均衡を怖れる政府はパレート改善をあきらめてしまうことがあり得ることが分かった。二つ目の人的資本投資問題では、不確実性のもとではリスク回避度の高い個人たちは自分が苦手な方向に特化した投資を行うことがあることを明らかにした。これらの分析結果は三菱経済研究所から発行された書籍に紹介されており、現在、英文の論文として海外学術雑誌への投稿途中にある。
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