今年度の研究では、様々な環境設定の下で個人の効用関数に基づいた社会的厚生関数を明示的に導出することを目的としてきた。とくに、今年度はこれまでリテラチャーで比較的軽視されてきた金融政策の波及経路における金融市場の役割を重視したモデルを構築し、その上で最適金融政策を考察した。具体的には、通常のニュー・ケインジアン・モデルに民間銀行部門を追加し、その民間銀行が中央銀行によって設定される政策金利をベースにして企業への貸出し金利を決定するモデルを構築した。さらに、民間銀行はすべての貸出し金利を毎期柔軟に変更することができず、一部の金利のみを各期変更する可能性を許す環境を考えた。この設定の下では、これまでにない金利設定に関してのフォワード・ルッキング供給関数が導出され、その存在がインフレ率や生産量に大きく影響を与えることがわかった。また社会的厚生関数には通常のインフレ・生産量ギャップに加え、平均貸出し金利の成長率が加えられる。これらの結果に基づき、日本のデータを使ってGMM推定法でこの関数を推定したところ、金利のパススルーの程度を示すパラメータが0.7程度で優位に検出された。このパススルーの程度に関しては都市銀行で最も高く、地銀、第2地銀の順で程度が低くなることが判明した。この結果は比較的直観と合致するものであると考えられる。最後に、シミュレーションによって最適な政策金利の経路を考察したところ、金利のパススルーの程度に関わらず、最適政策金利経路にはほとんど変化がないという結果が得られた。インフレ率や生産量ギャップに関してはパススルーの程度に大きく左右されるものの、中央銀行が政策金利を設定する際にはそれほど重要視する必要がないといえる。
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