研究概要 |
本研究では環境政策が都市・農村間の人口移動にいかなる影響を与えるかについて研究を進めた.発展途上国において経済発展のためには多少の環境ダメージは不可避であるという主張のもとで,環境保全は軽視される傾向にあった.そこで本研究では汚染を排出するような工業財部門を想定して,その汚染が他部門に影響を与えるようないわゆるCopeland and Taylor型の定式化を発展途上国の失業問題を内生的に決定するHarris and Todaroモデルに導入してモデルの拡張を行った.このような分析の試みはDaito(2003)などのごく少数の研究でしか存在していない.しかしながら,Daito(2003)では工業財が排出した汚染が都市・農村に居住するいずれの家計にも等しくダメージを与えるという点では,地域という枠組みにおいてはそぐわない.そこでわれわれはこれに都市・農村間で汚染ダメージが異なるような非対称な汚染ダメージを想定し,モデルの構築を行い,分析した.このモデル分析によって得られた知見として,「工業財部門への環境政策は必ずしも都市の失業を悪化させない」というものである.したがって,多くの発展途上国においてなされてきた経済発展のためには環境汚染もやむを得ないという直感的な主張は必ずしも正しくないことを示した.このモデルは"Unemployment, Trans-boundary Pollution, and Environmental Policy in a Dualistic Economy"としてまとめられ,6月に福島大学で開催された日本経済学会およびカナダ・トロントで開催されたRegional Science Association Internationalの北米大会で報告がなされた. さらに環境ダメージを排出する企業に対する政府の関与の効果を分析するための分析も併せて行った.近年,産業組織論の分野で注目を集めているものに混合寡占市場の分析があげられる.これは,利潤最大化を目的とする私企業と社会厚生を最大にする公企業とが競争する市場を分析したものである.このフレームワークにおいて産業汚染を排出するような企業の行動が環境政策によってどのような影響を受けるのかについて分析を行った.分析の結果,企業の民営化が必ずしも環境のダメージの増大にはつながらないことを明示的に示した.この分析結果は,今後の政府の環境政策のあり方を再考する必要があることを示している.
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