内外の書店を通じた文献購入、および現地での資料収集によって、本研究が主な対象としている1910〜40年代の英国においてミドル・クラスがおかれていた状況について、新たな知見をいくつか得ることができた。そのうちの主なものだけを挙げると、 1.19世紀末から進んでいた不熟練化の流れが、第一次大戦期の人手不足と総力戦による「熟練希釈(dilution)」によつて決定的・不可逆的なものとなった。これによって、英国史上初めて単一の「労働者階級」が誕生したと言ってよく、それとの反照関係で「ミドル・クラス」が截然と定義されるようになった。それ以前の「ミドル・クラス」は資本家を意味することが多かったと同時に、今日的意味での--つまりホワイトカラーとしての--「ミドル・クラス」は「労働者階級」と概念的に混淆していた。 2.欧州大陸諸国と比べて発達していなかった知識人(intellectuals)が、1930年代に一気に文化・政治の表舞台に出てきて、彼らはやや揶揄的に「ハイブラウ」と総称された。「ハイブラウ」は労働党の中にも浸透して英国政治の左傾化・急進化に貢献すると同時に、労働党内に、拠って立つ生活世界が「労働者階級」のそれとは根本的に異なる構成要素を持ち込むことにもなった。 以上2点の社会階層的状況が、労働党および産業国有化にどのような影響をもたらしたかを調べてゆくのは来年度の課題ではあるが、現時点では、20世紀初頭の労働党創設時には漠然としていた内部の階層状況(端的には、「労働者階級」と「ミドル・クラス」による構成)がよりはっきりと認識されるようになったこと、またそれに伴って、同じ目標(国有化)に対する各層の捉え方が互いに大きく異なって意識されるようになったのではないかと予想している。
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