今年度の研究成果としては、2つ挙げることができる。ひとつは、昨年度までの研究成果を、論文として共著の本に掲載したことである。二つ目は、文科省の別枠の奨学金も利用することで、イギリスに中期留学をして研究を深めることができたことである。 昨年度の研究成果のひとつである論文は、これまでの研究をまとめたものであり、サッチャー「ニュー・ライト」とブレア「第三の道」の福祉国家政策の連続点と相違点の明確化に取り組むものである。両政府の福祉国家政策の背景にある経済理論(市場観)に着目して、両政府の市場観にはともに、市場は市場機能によって均衡へ至るとする新古典派経済学の考え方が根底にあることを示した。そして、この市場観が両政府をして福祉国家政策による所得再分配に消極的にし、また政策体系においては労働市場のサプライサイド政策を重視させている点を指摘し、これが要因となって外見上の政策体系では両政府をきわめて似通ったワークフェア路線へと導いていると述べた。その上で、サッチャー「ニュー・ライト」の市場観は、失業や貧困の原因を福祉国家による市場機能のかく乱とみなすのに対して、プレア「第三の道」の市場観は、市場参加の初期条件の違いが市場競争の結果における不平等をもたらすとみなす点を示し、この失業・貧困の原因についての両政府の認識の相違が、両政府の福祉国家政策における平等観の違いを生み出していると結論した。また、プレア政府は、社会的排除の対概念である社会的包摂を政策目標に掲げているが、これまでの研究の過程のなかで、社会的包摂の概念にもとづく社会指標が十分に整っておらず、その結果、ブレア政権の政策成果を評価する統計資料が十分に存在しないという問題点が見えてきた。 二つ目の研究成果として、ブリストル大学のゴードン博士の下で、Poverty and Social Exclusion (PSE) Surveyの社会調査法および統計学的手法について学び、社会的排除の概念にもとづく社会指標の開発の現状について調査を行った。これにより、社会的排除の概念的特質について特定することができた点が、ひとつの大きな成果であった。この成果については、3月10日に一橋大学の福田泰雄氏が主催する経済研究会で報告し、現在、論文へと発展させている段階にある。
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