本研究は、比較発達心理学研究であり、ヒトに特有な母子相互作用の生成過程とその進化的基盤の解明に寄与することを目的としている。ヒト母子とチンパンジー母子との相互交渉の発達を、自然、直接かつ多面的に比較しようとするものである。特に、母子関係における「葛藤(コンフリクト)」という側面に焦点をあて、ヒト健常児、ヒト障害児、チンパンジー健常児とその母親の間で展開されるコミュニケーション行動を比較する。 平成17年度は、ヒトおよびチンパンジー健常児の母子間における「葛藤」にかんする縦断的観察をおこなった。ヒト母子の観察は、中部学院大学子育て支援センターに通う母子に協力を得て、「身体接触場面」、「物を介した場面」の観察を重点的におこなった。両場面共に定期健診と発達相談前の待ち時間を利用して、母子のみが過ごす部屋において、(1)母親が子どもを抱いている状態、(2)母親が子どもを抱いていない状態、(3)母親のみにおもちゃを与えた場面、(4)子どものみにおもちゃを与えた場面について各5分間ビデオ記録をおこなった。 チンパンジー母子の観察は、京都大学霊長類研究所の共同利用研究として遂行した。生後0歳から蓄積されてきた自然観察によるビデオ記録から、「摂乳場面」、「身体接触場面」を抽出して母子相互作用にかんする行動目録を作成した。生後4ヶ月間の摂乳場面における頻度や持続時間の結果をMizuno et al.(2006)にまとめた。また、生後1歳から4歳における摂乳場面を抽出し、(1)摂乳開始の合図、(2)母子接触の開始と終了時間、(3)摂乳回数、(4)摂乳開始と終了時間、(5)摂乳終了の合図、(6)摂乳状況、(7)アイコンタクトの有無について分析した。その結果、発達に伴う摂乳頻度および摂乳時間の減少がみられ、また、生後2年頃からは摂乳頻度と母親の生理周期との関係性が明らかとなった。
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