本研究課題では、顔の残効現象を利用して、顔空間の構造を検討することを目的としている。顔を持続的に観察すると(順応)、その直後には、顔の見え方が通常とは変化する現象が知られている。この現象を顔の残効と呼ぶ。残効はどのような場合にも生じるわけではなく、順応の際に観察した顔と、残効確認時に観察する顔との共通性などに依存して、残効が生じる場合もあれば、そうでない場合もある。このような知見を手がかりとして、人間の視覚系内に存在すると考えられている、顔空間と呼ばれる視覚表象の構造(知覚次元)を検討することが可能であると期待されている。 本研究課題では、検討すべき顔空間の次元として、リアリズムの次元に注目した。我々は作り物の顔と現実の人間の顔を容易に区別することができる。このことは、顔の見かけのリアリズムの程度が、知覚次元の一つとして存在することを意味しているが、リアリズムの次元は、これまでの顔知覚研究ではほとんど検討されてこなかった。近年、不気味の谷と呼ばれる仮説が注目されている。これは、作り物の顔を徐々にリアルな顔に近づけていくと、人間の観察者に対する印象が向上していくが、リアリズムの程度があるレベルに達すると、急激に印象が悪化するはずだ、とする仮説である。不気味の谷仮説が正しければ、それはおそらく我々の視覚系の、リアリズム判断の特性を反映していると考えられる。そこで本研究では、まず、不気味の谷仮説を、顔画像の印象評価実験を行うことで検討し、この仮説の妥当性を確認した。次に、不気味の谷現象を、残効実験のパラダイムの中で確認するための実験を開始した。顔の残効が、リアリズムの程度の違いを超えて転移するのかどうかを検討するのが主な目的であり、平成18年度もデータ収集を引き続き行う予定である。
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