研究概要 |
本研究では,通常の数値計算では計算過程で誤差が増大し,数値計算が破綻する数値的に不安定な問題に対して,多倍長計算により解決を図るものである. 本年度はまず,計算機支援の側面から,昨年度までに実装をおこなった多倍長計算ライブラリに対するFORTRAN90インターフェースの設計と実装をおこなった.FORTRAN90言語ではオブジェクトファイル層における引数評価の互換性がないことを指摘し,これに対して複数エントリをもつサブルーチンとプリプロセサによるバインディング手法を提案した.一般的には,ラッパー(wrapper)によりをもちいて引数評価の差異の吸収がおこなわれるが,本研究で提案した手法では,オーバーヘッドの解消とユーザの利便性の双方の利点を実現している.また,FORTRAN用多倍長計算環境として高速性において定評のあるFMLIBに比して,メモリと計算速度の双方において優位であることを示した.この計算環境は徳島大学の今井研究室において利用されており,ユーザにとって利便性が高いことを示している. 続けて,本環境を利用して実Laplace逆変換に取り組んだ.この問題は工学の広範な分野で現れるが,数値的に不安定な問題であり,有効な数値計算法が知られていなかった.本研究ではLaplace変換作用素を直接数値計算するのではなく,まず,群馬大学の齋藤三郎教授による再生核空間の枠組においてLaplace変換作用素をコンパクト化して扱うことを提案した.そして得られた多倍長計算環境をもちい,コンパクト化した作用素に対するTikhonov正則化法の離散化と数値計算を実行した.その結果,高精度な逆変換の数値計算を実現するためには,通常の倍精度浮動小数点数では表現できない極めて小さな正則化パラメータをとることが有効であることがわかり,多倍長計算の併用が必要であることを示した.この数値計算では,離散化誤差を小さくするために並列計算をおこない,短時間での高精度な再構成に成功している.
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