どのような可微分力学系に対して大偏差原理が成立するのかという判定条件とそのレート関数をあたえる問題に取り組んでいる。強い双曲性や写像の微分が一様に0ではないという仮定のもとでは、高橋陽一郎氏やL.-S.Young氏等の研究によって大偏差原理の成立することやそのレート関数の表示がすでに知られている。しかし、既存の研究の枠組みでは非一様双曲型力学系とよばれるロジスティック写像やHenon写像を含む広いクラスの力学系に対して大偏差原理が成立するかどうかを判定することができなかった。この判定条件をあたえるために私は昨年度に引き続き情報収集と論理の分析を行った。特に、東京工業大の鷲見直哉氏、北海道大の辻井正人氏や広島大の平山至大氏等との議論はとても有意義であった。その結果、力学系の帰還時間関数から導かれるMarkov tower写像に対して大偏差原理が成立するためのひとつの判定条件を得た。それは力学系の明記性とよばれる性質に関連したものであるが、この大偏差原理に関する判定条件の興味深い点はL.-S.Young氏の一連の研究によってすでに得られている絶対連続不変測度の存在や指数的混合性に関する条件とは独立した条件であるということである。また、私が得た判定条件によって広いクラスの力学系に対して大偏差原理の成立を示すことができる。たとえば、ほとんどすべての単峰写像力学系に対して大偏差原理が成立する。私はこの結果の応用としてさらに、多項式写像やLozi写像といった現在までに盛んに研究されてきた多くの具体的かつ興味ある可微分力学系に対して大偏差原理の成立を判定できると考えている。
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