研究概要 |
本研究は、太陽の1〜10倍の質量を持つ星の進化末期にあたる漸近巨星分枝(AGB)段階での熱パルス現象に伴って起こる遅い中性子捕獲反応過程(s過程)による鉄より重い元素の合成機構を解明することを目的としている。 s過程は、ヘリウム層でのC-12(p,γ)N-13(β)C-13(α,n)O-16反応により供給される中性子を基にして起こる。しかし、陽子の存在しないヘリウム層へ熱パルス後の短期間に陽子を上部の水素層から運ばなければならないという問題がある。この研究では、水素層からヘリウム層への陽子混合を拡散近似で計算し、拡散スピードの違いにより、形成されるC-13分布や合成される重元素の組成分布がどのような影響を受けるか調べた。その結果、拡散スピードが変わっても、ヘリウム層中へ輸送された水素の量が同じである層ではほぼ同じ組成分布となるが、水素分布が異なるためにヘリウム層全体での組成分布は僅かに変化することを示した。 始原隕石中のAGB星起源とされる微粒子に含まれるKr、SrやMo等の同位体比の詳細な解析データと比較した結果、同位体比はよく再現されることを示した。また、中性子捕獲とベータ崩壊に対するタイムスケールがほぼ同程度の核種から中性子捕獲またはベータ崩壊を通じて合成される核種の同位体比は、短期間に高い中性子量が実現する熱パルス時の環境(温度や中性子密度等)に強く依存することを示した。 元素合成経路の途中にある中性子捕獲とベータ崩壊が競合している不安定核の捕獲断面積には、理論モデルから求められているものが多くある。Se-79やKr-85等のマックスウェル平均断面積には理論モデル間に大きな違いがあるために、これらの核種を経由して合成された核種の合成量に大きな不確定性を与えてしまうので、s過程の環境を調べる上で問題となることを示した。
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