本研究課題の目的の一つである、フラム海峡における海氷輸送量変動が深層水の長期平均形成量を増加させる可能性を検証するために、フラム海峡の海氷輸送量を過去に観測された最大・最小の値の間で振動させる数値実験を行った。その結果、北大西洋深層循環の長期平均流量が増加した。また、その影響は海氷輸送量の振動周期が20年より長い時、最も大きくなっていた。 モデル内において増加をもたらすメカニズムを検証した結果は以下のようであった。フラム海峡で海氷流量を増加(減少)させた場合、北極海表層では正(負)の塩分アノマリが生成される。この塩分アノマリの北極海内での空間分布が海氷流量の増加時と減少時では異なるため、正の塩分アノマリは主としてフラム海峡へと輸送される一方、負の塩分アノマリはもう一つの出口であるカナダ多島海へと輸送される。このうちフラム海峡へ輸送された塩分アノマリのみが深層水形成域に影響を与えるため、深層水形成量の長期平均は増加する。 この結果は、北極域における数十年スケールの海氷輸送量変動とそれをもたらす風応力変動が北大西洋深層循環の長期平均流量を増加させる可能性を示している。このような、振動する風応力場の長期平均深層水形成量への影響はこれまで論じられておらず、本研究の新たな成果であると言える。 また、本課題のもう一つの目的である北極海陸棚域での高密度水形成の表現改善に向け、単に不安定を解消するだけでなく高密度の水の小規模な空間スケールでの振る舞いを考慮した対流パラメタリゼーションをモデルに組み込んだ。
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