インドシナ半島はアジアモンスーン域の中で最も早く雨期が始まる地域である。これが何故か、を解明することはアジアモンスーン研究の中でも重要な課題の一つである。本研究では、これまでほとんど着目されて来なかった温度逆転層(以下、逆転層と略記)の役割に着目してこの課題に取り組む。そのために、下の2つを行う。 (1)逆転層の季節変動に伴う熱力学的収支の実態把握、およびエアロゾル・雲との相互作用システムの理解 (2)現実の熱力学的収支を再現する鉛直1次元時間発展モデルの構築と数値実験に基づく逆転層の役割の理解 本年度は主として、冬季インドシナ半島における逆転層と雲、対流活動の相互作用系の生成過程を明らかにするため、ベトナム・ハノイでのこれまでの集中観測データなどを用いて熱収支解析を行なった。その結果、逆転層生成消滅の仕組みと、それがより広域の場と密接に関係していることが明らかとなった。 逆転層の強度は季節内の時間スケール(2週間程度)で顕著に変動する。熱収支解析によると、逆転層の生成は逆転層下層への北からの寒気移流により起こる。この北からの移流はコールドサージとして知られているシベリア高気圧からの寒気吹き出しである。より南方の場を見ると、逆転層の生成は赤道インドネシア域の対流強化と同期している。このような逆転層生成と結びついた広域循環の維持機構は、シベリアからのコールドサージ(下層冷却)に伴う上層の放射冷却が、赤道での上昇流を補償するインドシナでの下降流に伴う断熱加熱とバランスする、という形で理解できる。
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