研究概要 |
溶媒和を扱う種々の理論は、これまでの「開発期」を経て、実験研究者を含めて広く応用される段階に入りつつあると考えられる。しかしながら、従来これらの理論は独立に発展を遂げて来たために、それぞれの利点・欠点を相対的に評価することは全くなされていない。特に実験的観測が難しい物理量については、理論間に様々な齟齬が残されていると予想される。この研究課題では、溶媒和理論として代表的なPCMとRISM-SCF/MCSCF法を中心に取り上げ、各方法を徹底的に比較検討するとともに、最終的にはこれらの結果を踏まえた"究極的"な新理論の構築を目指すことを目的としている。本プロジェクトの中心的な問題である、PCMおよびRISM-SCF/MCSCF法の比較については既に予備的検討を行い、学術論文として報告している[J.Phys.Chem., A,108,1629(2004).]。ここで明らかになったのは、両者で計算された自由エネルギーがほぼ同一と見なせる場合であっても、電子状態が大きく異なることがあり得るという点である。しかし、これだけでは両者のうち、どちらが現実の化学事象をより良く反映しているかの判断は難しい。本プロジェクトでは、電子状態の違いを多角的に検討することで、どのような条件下でPCMおよびRISM-SCF/MCSCF法がそれぞれ適切であるかを、系統的に調べていく。種々の物理化学的な観測量について、二つの理論を用いて計算し、比較検討を行う。本年度は、PCMの開発者であるイタリア・Pisa大学のMennucci教授との共同研究を行い、実際に観測量として重要である溶媒配置エネルギー(λ)を取り上げて比較検討を行った。これは溶媒の緩和を反映する物理量であり、単純な連続誘電体モデルでは線形応答理論が成立して揺らぎが調和的になるが、PCMの場合は電子状態との結合が組み込まれているために、その線形性は明らかでない。これまでのところPCM法はRISM-SCF法に比べてλを過小に評価していることが分かった。現在、溶媒和構造の解析結果とともに、これらを学術雑誌に投稿する準備をすすめている。
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