本年度、オリゴアセン、オリゴフェニレンなどの一連のπ電子系有機半導体化合物およびそのクラスターに対して、負イオン光電子分光法によるサイズ選択的な電子構造の観測を行い、以下に述べる成果を得た。 (1)有機半導体材料の電子物性を理解する上で、有機半導体を構成する化合物の電子親和力を正確に決定することは極めて重要な課題である。本年度、有機電子発光材料や液晶材料として用いられる10種類以上の芳香族化合物(クリセン、ターフェニル、ビフェニル誘導体)の電子親和力のエネルギー値を初めて高精度(<±0.1eV)で決定することに成功した。 (2)π電子系有機化合物で構成されるナノ集合体の集合構造や電子構造が、その構成単位である分子の形状(対称性)や異方性、置換基導入、内部回転などによってどのように変化するかを系統的に調べた。分子構造の対称性が低い化合物や球状に近い化合物、嵩高い官能基が導入された分子のナノクラスター負イオンは、3次元的な自己集合によってクラスターが成長していくのに対し、テトラセンやp-ターフェニルなどの構造の異方性が高い分子のクラスター負イオンでは、集合数が50分子程度までは分子の長軸を揃えた2次元的な集合構造(単分子層)でクラスターの成長が進行していくことが初めて見出された。また電子構造の安定化のサイズ依存性や理論計算などから、クラスター中にドープされている余剰電子が分子間のπ軌道の重なりを介して数分子程度に非局在化していることが起ることが分かった。さらに集合数が60分子を超えたサイズ領域では、2次元的な集合構造(単分子層)から3次元的な集合構造(多層構造)へと構造転移が起ることが明らかとなった。この構造転移が誘起されるか否かは、クラスターの生成条件、即ちクラスターの内部温度に大きく依存しており、この構造転移現象が単に集合構造の電子構造のエネルギー的な安定性のみによって支配されているのではなく、振動エントロピー効果も重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
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